Page24.命に代えて、守る命(暗黒街ペテンザム①)

 まずい。非常にまずい。オレは舌打ちをした。
 とうに陽が沈み、辺りは暗くなっている。

 人通りは少なく、活気があるとは言えない。
 うろついてる僅かな人間も、およそ堅気に見えない者ばかりだ。
 この町が昼間は漁師や商人で賑わう港町だと言われても、想像すら難しい。
 やはりペテンザム。「暗黒街」の通称は伊達では無い。

「悪そうな人達がいるわね」
「・・・まあ、脛に傷はあるだろうな」
「成敗していい?」
「すんな!」

 オレは大きく息を吐いた。
 ため息とは違うのだと、自分に言い聞かせる。

 予定では明るい昼間のうちに到着して届け物を済ませ、すぐに町を出るはずだった。
 だが、道中で迂回を余儀なくされ、大幅に時間を食ってこの有様。
 リューン以外をあまり知らないフィルは興味深そうに辺りを見ているが、オレは正直、気が気じゃない。
 夜の「暗黒街ペテンザム」はオレとフィルではまだ敷居の高い場所だ。
 少なくとも宿を出る時、親父さんからはそう言われた。

(だというのに・・・)

 もう一度、大きく息を吐く。今度は間違う事なくため息だ。
 悪人が闊歩する夜のペテンザムと、正義心を蒸留して純度を上げ、人の形にしたようなフィル。
 これが最悪の組み合わせでないと言うなら、何がそうなのか。
 フィルの目が輝いて見えるのは、気のせいだと思いたい。
 通りを歩きながら、フィルがオレに聞いてきた。

「どこに行くの?」
「そうだな・・・」

 返事をしながら考える。
 このまま外にいてもいい事は無さそうだし、宿なり酒場なりを探して一息つきたい。
 それらも不安な場所なら、大人しく尻尾を巻いて帰るしかないだろう。

「そこの路地に入ってみよう」
「悪人いないかな」
「・・・・」

 教会のような人気の無い建物の前を過ぎると、酒場らしきものが二軒ほどあった。
 オレ達はその片方の扉を開けた。
 古い造りの建物には、「紅い鼠亭」と書かれた看板がかかっている。





「いらっしゃい」

 店内には男が三人。カウンターの奥にいるのがマスターだろうか。
 客席の手前の方に長髪の男が、奥にはおかっぱの妙な髪型の男が、それぞれ座っている。
 オレ達はカウンターの椅子に座った。

「オレと、連れにも何か飲めるもの、もらえるかい」
「オーケー」

 疲れか緊張か、いずれにせよオレは酷く喉が渇いていた。
 出て来たグラスを掴み、中身を一気に飲み干す。
 マスターはニヤリと笑い、お代わりを出してくれた。
 フィルは目の前のグラスの中を覗き込み、ペロッと縁を舐めている。

「二人とも、見ない顔だな」
「ああ、一息つける場所を探していたんだ」
「この辺りは物騒だからなぁ」

 マスターの言葉を聞き、オレは苦笑した。
 出来れば、今から行ける「物騒でないペテンザム」を教えてもらいたい。
 そんな場所があるならば、だが。

 ここは、ペテンザムでただ一軒の冒険者の店だと言う。
 宿は併設されていないとの事で、昼間向けなのかもしれない。
 代わりというわけでもないが、近所にある「骨の音」と言うカフェバーは宿を兼ねているらしい。
 食事も出来るようだから、後で寄ってみよう。
 マスターに話を向けてみる。

「物騒というのは、何の話だい?」

 マスターが言うには、この所、少女や若い女性の行方不明者が頻繁に出ているのだとか。
 「暗黒街」と名高いこの町でも、ちょっとした異変なのだろうか。
 言葉の裏を読めば、連続でない行方不明者ならば珍しくも無いのかもしれない。
 サラッと肯定されそうで怖くて聞けないが。

「もし詳しい話が聞きたきゃ、そこに座っている情報屋から情報を買えばいいさ」
「そうか」

 マスターはおかっぱ頭の男を指差した。一瞬、男と視線が合う。
 相手は悪名高い夜の町の情報屋。髪型が多少変でも、いや相当変でも敬意は払っておこう。
 グラスを片手にテーブル席へ向かう。

「ここ、空いてるかな」
「・・・欲しい情報があるなら金次第で売るぜ?」

 この店に来たのは情報目当てではなかったが、客になっておくのもいいかもしれない。
 当たり障りのない所で、マスターが言っていた話の裏を聞かせてもらう。
 オレは銀貨100枚をテーブルに置き、男の前に滑らした。
 男は銀貨の枚数を数え終わると袋に入れ、懐にしまい込む。

「毎度あり・・・それじゃ早速内容だがな」

 話を聞いた限りでは、この男の情報屋としての力は少々疑問だ。
 男は、若い女性が頻繁に行方不明になっているという話が、実は誘拐だと言う。
 「無限の館」の魔道士が攫った女性で実験をしているのではないかと言うのが情報屋の見立て。
 率直に言って、情報というより根拠に薄い推測を述べた印象が強い。
 情報と呼べるものは、女性達が「ペリカン通り」付近で行方不明になっているという事だけ。
 まあ関わるつもりも無いし、オレとフィルが歩いていても巻き込まれはしないだろう。

「本当に誘拐なの?」

 フィルが話に割り込んできた。内容が内容だけに、興味津々な様子。
 懸賞金が出るそうだが、オレもフィルも賞金稼ぎをする程の実力は無い。
 治安隊が本腰を入れるらしく、首を突っ込むのもどうか。ウロウロしていたらとばっちりを受けかねない。
 僅かな時間で探して見つかるものでも無いだろうし、万が一現場に当たったら、という事になるかな。

(オレが思っている「情報」とは少し違ったが。まあいい)

 葡萄酒一本分のお試しならば、そう惜しくない。
 手持ち無沙汰なフィルが暇そうにしている。
 そろそろ店を出て、宿を取らなければ。

「変な宿を取るくらいなら、町を出て野宿した方がいいかもな。
 この時間に外にいるのは、乞食と悪党ばかりだぞ」

 店を出る前、マスターに釘を刺された。
 素直に忠告に従った方がよさそうだ。





 看板に「骨の音」と書かれた建物の扉を開け、中に入る。

「どうも、おいでやす」

 見慣れない衣装に身を包んだ女性が、これまた聞きなれない言葉で迎えてくれた。
 女性は、このカフェバーのママらしい。衣装も言葉使いも、東方由来のものなのだという。
 他に店内にいるのは、美人だが無表情な若い女性と、何かキメてるんじゃないかと思うほど色々と危ない目をした男。

 ママに空き部屋の有無を尋ねたが、間の悪い事に満室だった。
 これは、食事を終えたら早々に町を出た方がよさそうだ。覗くのは通り沿いの店くらいにしよう。
 食事を作るのに忙しいママと話すのは諦め、お酒を出しているという女性に話しかける。

「・・・何か用?」
「・・・・」

 話し掛けるなオーラ全開で答える女性。
 名前はサエコと言うらしい。
 少々気圧されながらも、町の事について聞いてみる、が。

「私は話したくない」
「・・・・」

 参った。接客に向いてない、と言うレベルですらない。致命的だ。
 「瞬く星屑亭」にはこういうのが好きな男もいるかもしれないが。
 諦めて酒を頼む。

「・・・どの酒かさっさと言いなさいよ」
「・・・・」

 頼んだのはジョカレ。「愛の魔法」と言う意味のラムの一種。
 瓶で買って店を出ようかと思ったが、意外な所でサエコが食いついてきた。

「貴方たちもラムが好きなわけ?」
「ん?」

 トムと言う名の男が、毎日ラム酒だけを買いに来るのだという。
 「トム」とは、「紅い鼠亭」の情報屋の名らしい。
 名前の方は髪型と違って普通だった。有用な情報ではないが。

 どうにかサエコとの会話を終了し、食事を頼む為にママに話し掛ける。
 すると、この店にオレ達以外にいた唯一の客である挙動不審な男が口を挟んできた。

「ねえねえねえねえねえねえ!こここここの店のチキンソテーはすごく美味しいんだ!
 まだ食べてないなら、是非オススメしちゃうなっ」
「!?」

 絡まれないように離れていたのだが、無駄な努力だったらしい。
 丁重に礼を言ってから、ママに「特製サラダ」を注文。
 今日はあっさりした物がいい。濃いのはもう十分。

 ママが自ら「味は保証する」と言うだけあって、サラダは絶品だった。
 港町のペテンザムにやってくる舌の肥えた商人も脱帽するだろう。
 これなら次は、チキンソテーも食べてみたい。

 さて、腹ごしらえも済んだし、町を出る前に少し店を覗いて行こう。
 心なしか調子がいいように思えるが、食事のせいだろうか?





「悪いヤツでも出てこないかしらね」
「怖い事を言わないでくれ」

 オレは苦笑しつつ、フィルの物騒な発言を嗜めた。
 「悪・即・成敗」が座右の銘なフィルにとっては魅力的な町かもしれないが、今のオレ達では何も出来ないだろう。
 早めに町を出た方がよさそうだ。

 市街に出て、「風砕庵」と言う看板の懸かった店に入る。
 ここは東方の剣術や体術、気功の技などを教えているようだ。
 店主らしき老人も東方風のような装束を身に着けている。
 一通り覗いてから店を出た。

 表通りから延びている路地の先にも、灯りと看板が見える。店のようだ。
 オレ達はそれを目指して進む事にしたが、少し歩いた所で立ち止まった。

「なんだか・・・とても臭いにおいがする・・・」
「・・・ああ」

 フィルが顔を顰めている。異臭というよりむしろ、死臭だろうか。
 異臭が漏れ出ているのは一軒の建物からだ。
 人の気配は無い。空き家だろうか。

「ねえベルント、ここって・・・」
「ああ。『ペリカン通り』だな」

 思いがけず現場に当たってしまったかもしれない。
 だが、不確定な事が多すぎる。しかもオレ一人で動いてるわけじゃない。
 この町でヘマをした場合、単なる勇み足で済むものか。

(だが・・・そうも言ってられないか)

 行方不明が誘拐事件だとしたら、被害者が丁重にもてなされているわけが無い。
 何より、持ち前の正義感が大いに刺激されているのか、フィルが行く気満々。
 こうなれば止められそうにない。
 見た感じ建物は空き家のようだし、行くだけ行ってみるか。

 オレはフィルに空き家の捜索をする事を告げ、いくつか注意事項を伝えた。
 緊張した面持ちで頷くフィル。
 扉に鍵はかかっていない。ギルドか何かの符丁らしきものも無い。

「行くぞフィル。途中で帰る道は無いからな」
「望む所よ」





 室内に入ると、異臭がさらにひどくなった。
 その理由はすぐにわかった。死体だ。恐らく子供、少女だろうか。
 何度も死体を見ているオレでも顔をしかめてしまう程の惨殺体。
 暗くて見えないはずなのに、フィルの顔が青ざめてるのがわかる。

「酷い・・・」
「・・・・」

 オレは、周囲に気を配りながら死体の瞳を閉じた。
 こんな殺し方をするとは、まともな神経の持ち主ではなさそうだ。
 こみ上げる怒りを抑えながら外套を脱ぎ、死体を覆う。

 外へ出るものを除けば、室内の扉は一つだけ。
 そこにも鍵はかかっていないようだ。





(・・・血の臭い?)

 静かに開けた扉の向こうから、別の異臭が流れ込んでくる。
 そして人の気配。二人、いや一人。
 暗がりの中で何かしているようだが、こちらに気づいた様子は無い。

 何者か、などと考えるだけ無駄か。
 こんな場所に一人でいる者が、まともとは思えない。
 確保するか倒すか。いずれにせよ不意を突くのがベストだ。
 だが、オレの思考はフィルの叫びで中断された。

「貴方、何してるの!!」
「!?」
「なっ!?」

 相手も驚いただろうが、オレも相当驚いた。
 振り返りざま、男がこちらに襲い掛かってくる。是非もない。
 なし崩しに戦闘に突入する。

「なっ、なんだオマエら!人の楽しみを邪魔しやがって!」

 言葉も返さず、オレは剣を一閃させた。会話をする気など無い。
 奇襲し損ねた以上、全力で押し切る以外に道はない。
 相手の力は未知数だ。

 フィルには防御か回避に専念するよう言ってあるが、この状況。
 後ろで大人しくしてくれる・・・わけもないか。
 オレの後方の気配は、いつ飛び出そうかうずうずしているように感じる。
 半ば焦りを含んだオレの攻撃を、男は素早い動きでかわした。

「ちっ!」
「フヒヒヒッ どうした?冒険者ってのはこんなもんか?」

 忌々しいが、相手に見下ろされてしまったようだ。
 何としても動きを止めなければ。それも早いうちに。
 戦いを引き延ばしても、こちらに追い風が吹くとは思えない。

「がッ・・・!!」
「ベルント!?」

 一撃もらいながら前に出る。
 だが懸命に突き出す剣も、敵を捉える事は出来ない。

「そこのおねいちゃん、あとでたっぷりと可愛がってあげるからねうひいひひひいひ」
「っこの!お断りよ!」

 男はおもむろに、懐から瓶を取り出した。
 口をつけて一気に呷る。
 男の体が、一瞬大きく痙攣したように見えた。

「何だ!?」
「うおおおおおおお、速いひゃやいいいい!!!
 なんていうかこうそうこれこれいいかんじすごいいいかんじもうもうどうしたのかこれはもうすごいすごくてとてもよくておおおおさいこうなかんじになってよくてよくてもうにがくてもうどうしようもなくてとまらなくてパワーぜんかいでにがくておいしくていやなきもちでいいかんじではやくてはやいこれいいねすごいすごいおいしいねとてもねかんしゃしたくてねどうにもはやくてねがんばろうがんばろうおおいしいいよこれまじじつはものすごくおいしいよこれどんぎまりでもうすごいすごいもういいよこれたまんないよこれいいよすごいしゅぎょうするぞってかんじでおいしくてたまんなくてよくてはははおいしいこれおおいしいいこれとても
 むううん、パワー全快!」

 意味不明な言葉を口走る男。
 元からおかしかった目付きがさらに危なくなっている。
 足元はおぼつかないというのに、身のこなしも膂力も今まで以上に強化。
 オレ達は完全に守勢に追い込まれた。

 妙なクスリの効果は短時間で切れたものの、男は再び瓶を口につける。
 こちらはダメージを回復するだけで手一杯だ。
 反撃の機会を窺う所ではない。

「何なの、これっ!」
「くそっ!!」

 二人で毒づいてみても、攻略の糸口さえ掴めない。
 またもや男が、瓶に口をつけた。
 あれを何度もされては勝ち目が無くなってしまう。

「またあのクスリ!」
「フヒヒ・・・あれ?」

 男の様子がおかしい。
 瓶を逆さにし、懸命に振っている。

「チッ、もう終わりかよシケてやがる」
「・・・聞いた?ベルント」
「ああ、はっきりとな」
「へ?」

 妙なパワーアップさえ無ければ勝負になる。
 起死回生の鼓枹打ちが、ようやくヒット。

「フィル!やるぞ」
「うん!」

 二人がかりで畳み掛け、男を袋叩きにした。
 最後は思いの外あっさりカタがついたが、実力は相手の方が上だったろう。
 薬物の常習者だったからクスリが切れるのが早かったのか、それとも短時間の高い効能に特化した即効性のクスリだったのか。
 どちらにせよ序盤の猛攻に耐え切れなければ、オレ達は終わっていたはずだ。

 剣の切っ先を男に突きつける。
 男は戦意を失っているらしく、必死で命乞いを始めた。

「こ、こんなところで死にたくねぇっ!出来心だったんだ!見逃してくれぇ」
「いいだろう」
「ちょっとベルント!?」

 フィルが驚いた表情でオレを見る。
 オレは男を見下ろしたまま答えた。
 男は喜色満面で立ち上がろうとしたが、オレは鈍く光る剣を、さらに男に突きつけた。
 オレの予想外の返事で綻んだ男の顔が、今度はオレの予想外の行動で引きつる。

「どこへなりとも逃げるがいいさ。ただし―――」
「え、何を―――」
「首から上だけだ!」
「あぶばっ」

 剣を横薙ぎに払うと、男の首が胴から離れ、部屋の隅に落ちた。
 フィルが息を飲む。
 頭部を失った胴体がゆっくり倒れる。

「・・・何度も続いて、出来心で済むものか」

 見逃すわけが無い。治安隊に引き渡すのも不安過ぎる。
 ペテンザムが今の状況である要因の一つに、官憲の働きぶりが無関係とは言い切れない。
 こいつが治安隊を買収したりしようものなら目も当てられない事になる。
 リューンですらバルムスのような男がいたというのに、ここは「暗黒街」ペテンザムだ。
 死さえ生温いとは思うが、それでもこの男を再び野に解き放つわけにはいかない。

「酷いな・・・」

 部屋の中には、男とは別の死体があった。やはり女性。
 若い女性と、先程の子供が少女だとすれば、「紅い鼠亭」で聞いた行方不明者と重なる。

 男が何をしていたのか、女性の死体を見れば明らかだ。
 死した後まで弄ばれた者の無念はどれほどだったか。
 部屋の中で大きめの布を見つけ、死体に被せる。

「せめて身元の分かるものでもあればな・・・?」

 布からはみ出た死体の左手を隠そうとして、薬指にリングが嵌っているのに気付いた。
 抜き取って調べると、何やらイニシャルらしいものが彫られている。
 後で治安隊にでも渡しておこう。

「ベルント、これ」
「ん?」

 フィルが何か見つけたようだ。
 指し示す床には、薄く血文字のようなものが見える。
 状況から考えて、この女性が書き残したのだろう。
 「魔法の虫眼鏡」を取り出して当ててみる。

「・・・と・・・び・・・ら・・・の・・・し・・・た?」

 「扉の下」、だろうか。建物の入り口を除けば、扉は一枚しかない。
 調べてみると、手前の部屋側の床が外れ、地下への階段が現れた。
 念の為に警戒しつつ、階段を下りる。

「あっ!」
「大丈夫か、フィル」
「え、ええ・・・」

 フィルが何かに躓いたらしい。
 足元も暗いし、気をつけなくては。





 地下は牢屋になっていた。
 牢屋の中には若い女性がいる。監禁されていたのだろうか。
 女性は怯えた目をオレ達に向けた。

「あ、あなたたちは・・・?」
「すぐに出してやるからな、少し待っててくれ」

 助けに来た事を告げると、女性は少し安心したようだ。
 牢屋の扉は鍵がかかっている。
 かなりしっかりした造りで、壊すのも手間がかかりそうだ。
 鍵も解錠するには相当の熟練を要するように思える。

(今まで探した場所には無かったな)

 この建物のどこかにあるだろうか。
 まだ見てないのは、子供の死体くらいか。

「フィル、ここを見ててくれ」
「どこに行くの?」
「鍵が無いか、探してくる」

 牢の鍵は、死んだ少女の手に握られていた。
 鍵穴に差し込み、回すとカチリと音がして扉が開く。
 フィルに階段を警戒してもらい、牢屋の中に入って女性の容態を確かめる。
 かなり衰弱しているようだが、さしあたっての命の危険は無さそうだ。

「辛いかもしれないが、動けるか?」
「ほ、本当にありがとうございます・・・」

 落ち着いた場所に移動して、身体を温めるのが先決か。「紅い鼠亭」がよさそうだ。
 オレ達は屋内に人がいないのを確認し、女性を伴って空き家を出た。
 外套を回収出来ないのは残念だが、仕方あるまい。





「やあいらっしゃい――何だ、あんた達か」

 「紅い鼠亭」の扉を開けるとマスターがオレ達を迎えてくれたが、すぐに異変に気付いたようだ。
 情報屋のトムもラムのグラスをテーブルに置き、こちらをじっと見ている。

「おや・・・どうした、そこのお嬢さんずいぶん顔色が悪いようだが・・・」
「事情は後で話す。先にこの女性を休ませてやりたいんだが」
「ああ、奥のシートなら横になれていいだろう」

 女性の手当てをしながらマスターに経緯を説明する。
 マスターはトムと顔を見合わせた。

「そいつはまた・・・」
「なるほどねぇ、大変だったねお嬢さん」
「いえ私は・・・助かりましたから・・・」

 女性はマスターに、小さい声で答えた。
 詳細は言わなかったが、女性が二人亡くなっていた事は伝えてある。
 亡くなった事もあの場で言っていいものか悩んだが。
 詳細については、少し思うところがあった。
 言えば、生き残った女性に重荷を背負わせる事になるかもしれない。

「そうか・・・それでこれからあんた、どうするつもりなんだい?」

 マスターが女性に聞く。
 女性はしばらく考えているようだったが、何か意を決したように言葉を切り出した。

「私・・・もう行くところもないのでみなさんとご一緒できたらと思っているんですが・・・」
「・・・・」

 不安そうな目でオレの顔を見る女性。
 フィル、マスター、トムの視線もオレに集中している。
 こんなシチュエーション、前にもあった気がする。
 オレは大きく息を吐いた。

 オレ達と行くと言うのは、冒険者になる事を意味する。
 仕事だから楽かどうかは別にしても、どこにどんな危険があるかわからない。
 ちょっとした届け物の依頼、が大事件に発展しないとは言い切れない。

 それと、空き家で死んでいた女性二人の行動について。
 推測ではあるが、その事を鑑みても生き残った彼女は危険な事から遠ざけたい。
 オレは再び、深呼吸をした。

「そうだな・・・オレ達は、冒険者という仕事をしているんだ」
「は、はい」
「どんな危険があるかもわからない」
「はい・・・」

 女性は俯き加減になり、声が小さくなる。
 フィルが女性の顔とオレの顔を見比べている。
 オレは一旦言葉を切った。

「それでいいなら―――一緒に来るか?」
「!!」
「続けるかどうかは、すぐ決めなくていいしな」

 行くところが無いと言われては、少し弱い。
 色々考えるのに時間が必要だろうし、居場所や仲間も大事だ。
 当面の金銭的な心配はいらないだろう。

「本当ですか・・・!とてもうれしいです」

 喜ぶ女性。
 一仕事終えた後も、そう言えたらいいけどな。
 女性はユルヴァと名乗った。年齢はオレより少し上か。

「炊事や洗濯はお任せくださいね」

 家事は好きなようだが、そのスキルを宿暮らしで発揮する機会は無いだろう。
 あまり長く冒険者をしない方がいいような気がする。

 ふとマスターを見ると、カウンターに戻って棚から酒の瓶を取り出している。
 期待していた通り、マスターの奢りだった。
 ユルヴァには大変な事件だったし、祝杯には出来ないが。

 結局、事件の事後処理や事情聴取で足止めを食らい、解放されたのは翌日の昼前。
 あのまま夜中に動き回るのも危ないし、丁度良かったかもしれない。
 さすがに二泊する気にもなれず、オレ達はその足でペテンザムを出た。

「途中の町に宿を取って休んでから、リューンへ戻ればいいだろう」
「ユルヴァは大丈夫なの?」
「はい、お気遣いありがとうございます」

 しかし、危ないかもしれないとは思っていたが、想像以上の大冒険になったな。





 やっとの思いで帰ってきた「瞬く星屑亭」。
 扉を開けて漸く、オレは緊張から解き放たれた。

「ただいま、親父さん」
「おう、遅いから心配したぞ・・・ん?」

 テーブルを拭いていた親父さんがオレを見て、フィルを見て、掃除を再開しようとしてまたこちらを見た。
 視線はオレの後ろでおずおずとしているユルヴァに。
 親父さんは何かに思い当たったらしい。

「・・・ベルント」
「ん?」
「この娘さんに何をした」
「はあ?」

 親父さんの声が聞こえたのか、奥から娘さんが顔を出す。
 話がややこしくなる予感。

(ああもう、何でこんな時に!)

「ベルント、男ならちゃんと責任取りなさいよ?」
「待て、何だそれは。フィルが一緒にいるだろう・・・あれ?」

 フィルはいつの間にか、ちゃっかりカウンター席に座り、傍観者を気取っている。
 ユルヴァが一生懸命に助け舟を出そうとしている。

「あ、あの・・・私!」
「ん、どうしたんだね?お嬢さん」










「誘拐されたんです!」










「・・・・」

 店内の客と居残っていた冒険者が一斉にこっちを見た。
 フォローのつもりだったらしいが、主語が無い。
 助け舟が泥舟とは、どういう事か。
 店内は静まり返り、さらに状況が悪化した。

「お前と言う奴は!」
「誤解だ!」





「・・・で、このお嬢さんも冒険者になりたいと」
「そうだよ」
「何だ、儂はてっきり」
「オレをそんな目で見てたのかよ」

 全員オレから目を逸らした。酷い話だ。
 誤解を解くだけで、ものすごい時間を費やしてしまった。

「無駄に疲れたから、休ませてもらうよ・・・」
「お疲れ様~」

 ユルヴァは娘さんに案内されて、空いている部屋に向かった。
 宿の連中もこんなだが気のいい奴らだし、フィルだっている。大丈夫だろう。

 自分の部屋のベッドにうつ伏せに倒れこむ。
 久しぶりの固い感触。身体が鉛のように重い。
 漸く緊張から解き放たれた。
 仰向けになって低い天井を見る。

(どうして・・・)

 考えるのは、あの事だ。
 どうして、死んだ少女が牢屋の鍵を握り締めていたのか。
 どうして、血文字で地下室の入り口の場所を書き残したのか。

 死者の思いは知るべくも無い。
 だが、死んだ二人が極限の恐怖と苦痛の中にあった事は想像に難くない。
 現実に迫り来る死を目の前に、ユルヴァだけでも助けようとしたのだろうか。

 頑丈な牢の扉は、鍵無しに開けるのは難しかった。
 血文字は、助けに来る者に一縷の望みを託したのか。
 少なくとも、二人が自らの為にしたのでない事は確かだ。

(・・・考えても、わからんよな)

 言える事があるとすれば、この話をユルヴァにする事は無いという事。
 それと、二人の命を奪った男と、その男の命を奪ったオレは何も変わらないと言う事。
 どう言い繕っても、所詮は人殺し。

 今はただ、亡くなった二人の冥福を祈り、ユルヴァが強く生きてくれる事を願うばかりだ。










シナリオ名/作者(敬称略)
暗黒街ペテンザム/アーティ
groupASK official fansiteより入手
http://cardwirth.net/

出典シナリオ/作者(敬称略)
バルムス「正義の精霊」/アレン

収入・入手
鬼斬り、ジョカレ、遺品の指輪、銀の鍵

支出・使用
530sp、青汁3/3×2、識者の虫眼鏡3/3、銀の鍵

キャラクター
(ベルントLv3)
スキル/掌破、魔法の鎧、鼓枹打ち、岩崩し
アイテム/賢者の杖、ロングソード、識者の虫眼鏡3/3、銀の鍵、青汁3/3
ビースト/
バックパック/

(フィルLv2)
スキル/鼓舞、火の礫
アイテム/青汁3/3
ビースト/
バックパック/

所持金
7920sp→7390sp

所持技能(荷物袋)
氷柱の槍、エフィヤージュ、撫でる

所持品(荷物袋)
傷薬×4、万能薬×2、コカの葉×4、葡萄酒×2、イル・マーレ、鬼斬り、ジョカレ、聖水、うさぎゼリー、うずまき飴、激昂茸、ムナの実×3、識者の眼鏡3/3、術師の鍵4/4、バナナの皮、悪夢の書、松明2/5、ガラス瓶(ノミ入り)×2、破魔の首飾り、遺品の指輪、魚人語辞書

召喚獣、付帯能力(荷物袋)
グロウLv3

加入キャラクター
(ユルヴァLv2)
スキル/祝福
アイテム/
ビースト/
バックパック/

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